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受付時間:平日10:00~17:00
高校日本史の授業のレベルアップをめざして大学の先生方とオンライン講座を開いています。

大学講師と高校教師のコラボ日本史

立命館大学秦野裕介講師と県立高校教諭歴40年松本恵司によるコラボ日本史講座

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戦争の日本史

オンライン講座の授業の録画です。二人で対話しながら進みます。
一人で解説した録画は後半にあります。
大人のための高校日本史講座は、水曜日の20時30分からです。
オンライン講座のボタンをクリックすると講座へのリンクがあります。
戦争の日本史 保元の乱
A 保元の乱の概観
B 動員兵力と戦闘経過
C 崇徳と後白河
D 悪左府藤原頼長
E  源義朝・平清盛
A 源義家と後三年の役
B 清和源氏と桓武平氏
C 源頼義と東国進出
D 源義家 隆盛と没落
E 奥州藤原氏と陸奥国


動画で学ぶ高校日本史

高校の日本史の流れを系図を中心に解説します

系図で学ぶ高校日本史

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鎌倉Ⅰ 鎌倉幕府の成立

平家が安徳天皇とともに都落ちすると、京都では後白河法皇によって後鳥羽天皇が擁立されました。1192年、鎌倉幕府が名実ともに成立しますが、源頼朝が亡くなると北条氏が幕府の実権を把握、後鳥羽上皇は幕府との対決姿勢を強めます。

鎌倉Ⅱ 後鳥羽院と承久の乱

1221年、後鳥羽上皇は北条義時追討を命じ、承久の乱が始まります。戦いは鎌倉幕府軍が勝利し、後鳥羽上皇は隠岐に配流されました。北畠親房は神皇正統記で承久の乱をとりあげ、後鳥羽上皇・北条政子について論評しています。

鎌倉Ⅲ 後嵯峨院と北条時頼

後嵯峨天皇は鎌倉幕府との協調を進めました。北条時頼は反対派を粛正すると、後嵯峨院と連携し親王を将軍に迎えます。地方では荘園で地頭が勢力を拡大し、仏教界では禅・念仏・題目という新しい動きが始まりました。

鎌倉Ⅳ 元寇と北条時宗

鎌倉幕府が政権を確立したころ、大陸にモンゴル帝国が登場します。元のクビライは南宋攻撃をひかえて日本に国書を送りますが、執権北条時宗はモンゴルとの対決を選びました。1273年、南宋の樊城が陥落・朝鮮では三別抄が鎮圧され、1274年、元軍が博多の沖に現れます。

鎌倉Ⅴ 両統迭立・荘園の世界

後嵯峨上皇の後、皇統は持明院統と大覚寺統に分かれて争いが始まりました。矢野荘では下地中分が行われ、地頭方と領家方に分割されます。後宇多上皇は領家方を東寺に寄進します。この頃、矢野荘には四つの荘園鎮守があり、今も地域の信仰を集めています。

室町Ⅰ 足利尊氏と南北朝

後醍醐天皇は鎌倉幕府打倒をめざし、足利家には「三代の後に天下を」という願文が。幕府滅亡後、後醍醐天皇と足利尊氏は対立を深めます。尊氏は九州へ逃走、新田義貞が追撃しますが赤松則祐が感状山城で阻止、この間に尊氏は勢力を挽回し湊川に向かいます。

室町Ⅱ 観応の擾乱

足利尊氏と足利直義は仲の良い兄弟でした。二人は協力して鎌倉幕府を倒します。しかし、足利家家臣団の内部対立から二人は離反、観応の擾乱が始まります。尊氏・直義は南朝・北朝を巻き込んで激しく戦い、足利尊氏像とされていたこの絵の人物は戦いのなかで非業の死をとげます。

室町Ⅲ 足利義満と室町幕府

足利義満は武家と公家を統合した貴族社会の頂点に立ち「公方」として君臨しました。義満は山名・大内など有力守護の勢力を削減して室町幕府の全盛期を築き、南朝と北朝を統一します。また、日本国王として明との国交を回復、勘合貿易を行いました。

室町Ⅳ 東寺領矢野荘

鎌倉時代後期、矢野荘は下地中分されます。1313年、後宇多上皇が領家方を東寺に寄進しました。寺田法念は新領主の東寺と対立し悪党と呼ばれるようになります。東寺と寺田一族の戦い、農民たちの動きなどは東寺百合文書に記録され、今に伝わっています。

室町Ⅴ 応仁の乱

細川勝元の東幕府と山名宗全の西幕府が対立した応仁の乱。斯波家・畠山家の家督争い、播磨守護職をめぐる赤松氏と山名氏の対立がからんで乱は長期化します。地方では下剋上が始まり、守護在京制が崩れて室町幕府は衰退に向かいます。

安土桃山Ⅰ 織田信長

中世を否定した新時代の開拓者か、中世最後の武将なのか、評価が分かれる織田信長。信長誕生から本能寺の変まで、戦国時代後半を解説します。

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